1.友人A氏が仕掛けた「合法テロ」。その恐るべき手口と結末
- Ⅰ社では長年サービス残業が慢性化していた。法令で定められた従業員の労働時間の記録管理などはされておらず、労基法的には問題がある状況。これについて、労働組合も見て見ぬふりの弱腰対応。
- その結果、従業員はどれだけ遅くまで働いても残業代は出ない一方、マネジャーや役員クラスは高給をもらうという不条理。
- A氏はこの不公平さが次第に我慢できなくなり、「この状況を、国家権力の手で変えてやろう」と労働基準監督署に申告することを決意。図書館で労働法関連の書籍を借りて猛勉強し、半年ほどかけて証拠書類(Ⅰ社の就業規則・給料明細・労働時間記録・臨検を求める上申書・名刺)を準備して、本店を管轄する労働基準監督署を訪れてⅠ社への臨検を要請した。労働基準監督署はA氏の持参した証拠書類から労働法違反を認定し、近日中に臨検に訪れることを確約。
- 最初の申告日から数ケ月後に労働基準監督署の監督官が不意打ちでⅠ社を訪れて、Ⅰ社は大騒ぎ。結局、その後は紆余曲折を経て、A氏の目論見通り、Ⅰ社は労働基準監督署から行政指導を受けて労働時間の適正管理を行うことになった。
- 退職社員ではなく、現職社員からの申告ということで、労働基準監督署から是正指導があったのであろう、Ⅰ社の全従業員に対して過去6ケ月分の残業代が一斉に支払われた。A氏本人も約80万円を受け取ったとか。
- この事件をきっかけにⅠ社はこれまでのずさんな労務管理体制を全拠点レベルで改善し、全社員の労働時間をシステムで管理し、1分単位で残業代を支払うというまっとうな(?)方針に大きく転換。当然ながらコストアップとなったのは言うまでもない。
- その結果、Ⅰ社で慢性化していた長時間労働&サービス残業が改善されて、社員の生産性が向上したという。めでたし、めでたし(?)。
2.国家権力を使って会社をぶん殴る快感
「今思い返せば、自分が行った労働基準監督署への申告(いわゆる内部告発)は一種の企業内テロになるのかねえ。まあ、入念な下準備の上、法律というツールを生かして国家権力が動くように働きかけて、労働法違反の上場企業の労務管理体制を変えさせたのは、リアル版『半沢直樹』みたいやろ?」

当然ながら、A氏は、今回の発端が労働基準監督署への申告であることを社内の誰一人にも言わず、腹に隠し持ったまま、普通に勤務しており、なかなか見上げた神経の図太さと策士ぶりを発揮。A氏はニヤリと不敵に笑ってこう続ける。
「副業で小銭をチマチマと稼ぐより、まずは“本業の正当な対価”を取り戻す方がよっぽど効率的やんか。だったら、労働基準監督署という国家権力を合法的に使って会社をぶん殴って金を吐き出させる方が確実や。まして上場企業は体面上、コンプライアンスを一番気にするので、この弱点をつけば”勝算”は十分にある。これがサラリーマンにとって一番確実な収入アップの方法になるんやで。せやろ?」
3.氷河期世代=リアル半沢直樹!?
ちなみに、このようなサービス残業という問題は、別にⅠ社に限らず、おそらく日本中の大半の会社でいくらでも転がっている話だろう。この場合、労働者側の選択肢としては、
- 我慢する(=泣き寝入りする)
- 我慢せずに労働基準監督署に申告する(=実力行使する)
の二つしかありえない。ただ、労働基準監督署という役所はあくまで受け身というスタンスで、労働者からの申告を受けて、確実な証拠を確認しなければ、積極的に動こうとしない。えてして国家権力とはそういうものだし、労基法違反を申告する側としては、役所が動く(=動かざるを得ない)ようにしむけるための下準備が必要になってくる。ここが最大のポイントで、ある程度の計画と準備などが必要。つまり、国家を動かすには“段取りと証拠”がすべてなのだ。ここを理解しているかどうかが、勝敗の分かれ目になる。
結局、A氏の行動がなければ、おそらくⅠ社は今でもサービス残業を継続していただろう。労働者を保護するべき労働組合も完全に会社側の御用組合と化しており、まともに機能していなかった様子。そこで、A氏も最初から労働組合を全くアテにせずに労働基準監督署にこの案件を持っていったというわけ。しかも、今回の労働基準監督署の指導を受けて、組合の幹部連中はあわてて労働時間管理の必要性を声高に言い始めたから、これまた失笑ものだが・・・。

まあ、私も会社側の立場になって考えると、この不景気の中、無制限に残業代を支払っていたら、人件費の圧迫で企業経営が立ち行かないのは十分理解できる。しかし、だからといって、物価高や税金アップがジワジワと押し寄せる厳しい状況下で暮らしている労働者としては、残業代ゼロはさすがに受け入れることはできないのも確かな現実。

4.氷河期世代よ、しぶとくしたたかに生きよ!
ちなみに、私とほぼ同年代のA氏は、一見すると非常に温厚かつ真面目なサラリーマン風で、このような大胆な事をするようには見えないから不思議。ただ、本人は静かに、しかし熱く語ってくれた。
「俺は、戦国武将の真田昌幸のように、『図太く、腹黒く生きる』がモットーなのさ。バブルのおいしい時代を経験していない俺たち氷河期世代が今の厳しい時代を生き抜くためには、利用できるものは何でも利用するし、したたかに行動することが大事。そもそも俺は今まで国に税金をきちんと払っているのだから、こういう時こそ自分の利益のために国家権力を合法的に活用して何が悪いねん。俺たち氷河期世代をなめるなよ!」
・・・・誠にごもっとも。会社員という立場は、税金でも制度でも“取りやすく取られる(=搾取される)側”にある。だからこそ、時にはしたたかに、知恵をもって立ち回ることが必要だ。知恵と勇気で自分の身は自分で守る――それは、氷河期世代に染みついた当然過ぎる生存戦略だろう。今回紹介したAさんのエピソードは氷河期世代にとって一つの指針になると思う。
これぞまさしく、リアル版『ロスジェネの逆襲』。「国家権力を味方につけたサラリーマンの一撃」は、今日もどこかの会社を静かに揺るがしているかもしれない。同じような状況にある人はこの実例を参考にして、わが身を処してほしい。
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