企業法務担当者のビジネスキャリア術

東証プライム上場企業に勤務する企業法務担当者がライフログの一環として日々の出来事を記録しています。

【今週のお題】人生最大のピンチ それは就職活動を全くしなかったこと/あやうく人生を棒に振るところだったかも?

今週のお題「人生最大のピンチ」

 
今週のはてなブログのお題は「人生最大のピンチ」。私にとって思い当たることは、大学卒業時に就職活動を全くしなかったこと。今思えば、えらいリスキーなことをしていたわけで、あやうく自分の人生を棒に振るところだった・・・。

 
一般的に大学生は3年生夏秋あたりから就職活動を行うが、当時の私は、司法書士試験の受験勉強をしながら、大阪市内の司法書士事務所でアルバイトをしていた。そのまま大学4年生になったが、相変わらず就職活動は何もしておらず。このまま卒業後は受験浪人生活(=無職)への突入を覚悟していたが、当時の事務所の社員がたまたま秋頃に退職し、経営者に声をかけられて欠員補充(一応正社員)として勤務することに。その事務所で働いた期間は4年半ほどだったが、今思えばキャリア的には大正解。なぜなら、大学卒業後の私の経歴に空白期間が生じなかったのだから。
当時「働きながら司法書士を目指す!」という目標があり、当初は受験勉強に対するモチベーションはそれなりに高かった私。しかし、その後何回受験にチャレンジしてもなかなか合格しないのと、司法書士業界における以下のようなブラックな一面がわかってきたので、次第にやる気が減少していく。
  • 零細規模の事務所が大半のためか一般企業が加入しているような厚生年金や組合健康保険などはなく、従業員個人が自腹で国民年金や健康保険(国保)に加入しなければならず、福利厚生が極めて不安(特に国民年金の場合、もらえる年金が月6万円程度と非常に安く、生活できない)。
  • クライアントである銀行や不動産会社から「先生、先生」と呼ばれる立場でありながら、仕事をもらうために定期預金を積み立てたり、バックリベートを払ったり(=実は司法書士法違反でアウトな行為)とクライアントに対する立場が圧倒的に弱い(現在の私は仕事の関係上、弁護士や会計士との付き合いが多いが、リベートの話なんて聞いたことがない)。
  • 仕事は顧客からの依頼を定型的にこなす作業的なものが大半で、自分のアイデアや創意工夫を生かす余地がない(現在はAIやインターネットなどよって職域が徐々に侵されつつあり)。
  • 零細規模クラスの事務所が多いため、給料や福利厚生は、一般的な民間企業に比べるとおしなべて低い。
 
現在はインターネットで検索すれば、このような情報は比較的簡単にヒットするが、当時はこのような業界の内部事情はまだまだオープンにされていなかった。その業界に入って、次第に明らかになるという感じ。
 
このような先行きが見えない状況に嫌気がさした私はこの業界に見切りをつけて受験勉強から撤退し、リクナビで見つけた異業種の会社(非上場)に転職する。そして、そこを踏み台にして、大阪市北浜の某証券会社(東証一部)のコンプラ部門に転職し、企業法務担当者としてようやく遅咲きのデビューを果たす。ここで、ようやく「自分はこの仕事がやりたかったのだ」という天職感を実感する。そして、何年か企業法務の実務経験を積み重ねて、現在の自社(東証一部)に転職する。就職氷河期に就職活動を全く行うことなく、社会保険すらない零細事務所からスタートした私のキャリアだが、その後転職するたびにキャリア・企業規模・待遇等はステップアップしており、今思えば運とタイミングに恵まれた。
 
このように、私は大多数の大学生が経験するであろう人生の一大イベントである就職活動というものを全く経験していない。なので、就職活動に関して、未だにイメージがつかめていないのが正直なところ。今さら言ってもどうしようもないが、一通り経験しておけばよかったと後悔している。もっとも、当時は就職氷河期の真っただ中で、納得のいく結果を出せたかは何とも言えないが・・・。
 

 
このように、今にして思えば、私にとってまさしく人生最大のピンチは、大学4年生の頃で、あの当時無職のまま卒業する可能性があったこと。当時は自分のキャリアについてそこまで深く考えていなかったが、人生の分岐点はあの頃だったのは間違いない。もし、あのまま就職せずに無職生活に突入していたら、上場企業に勤める現在の私はなかっただろう。
 
しかし、幸運なことに、そうはならずに紆余曲折を経ながらも現在の私は、企業法務系パーソンとして一通りの実務経験(契約審査・法律相談・コンプラ・法務研修・知的財産・訴訟実務など)を積んで、それなりのキャリアを構築している。司法書士事務所に勤務していた頃はこのような未来を迎えるとは想像していなかったわけで、人生なんて本当にわからないなあとつくづく思う。