1.旅のはじまりは、曇り空の下で
先日、和歌山・海南から熊野古道をトレッキングしてきた。その静かな道程を、ここに記しておきたい。
当日は、JR大阪駅から紀州路快速に乗車して、終点の和歌山駅まで向かう。そして、紀伊本線に乗り換えて30分ほどでJR海南駅(マップ①)に到着。当日のトレッキングのスタート地点がこちら。空は一面の薄曇りで、それがかえって、今日の静かな山歩きにふさわしい幕開けのように感じられる。線路沿いの道を30分ほど歩き、藤白神社を過ぎると、いよいよ熊野古道の登山口(マップ③)が見えてきた。ここから本格的な山道が始まる。




2.過去と交差する、藤白坂の展望所
竹林の中を登ること約30分。やがて視界が開け、藤白坂の展望所(マップ③)に到着した。眼下には和歌山マリーナシティが広がる。雲の切れ間からわずかに光が差し込み、海面が鈍く光る。晴天ならば青く輝くはずの海も、この日は灰色に沈みがち。

ここで一息つき、霞む海を眺めていると、ふと懐かしい記憶が蘇った。 「そういえば、ここに来たことがある」 自分のブログを検索してみると、果たして、10年前に家族旅行で訪れた記録が残っていた。時の流れの早さにただただ驚く。この記事には息子の写真が写っているが、あれから10年の歳月が経過して、背丈は今の私と同じぐらいになって、声変わりもしている。いやはや月日が経つのは早い・・。
あの日の家族との思い出の場所を、今こうして一人で見下ろしている。あっという間に過ぎ去った歳月の早さに驚きつつも、どこか温かい気持ちが胸に広がる。そんな追憶に浸りながら再び南へ歩みを進めると、山あいに小さな集落が現れた。その一角にある地蔵峰寺(マップ④)の静かな縁側を借りて、しばし休憩。持ってきた軽食を頬張りながら、ゆったりと流れる時間を味わう。

3.みかん畑と、いにしえの道
再び歩き出すと、山道は蛇行しながら下っていく。左右には段々畑が広がり、たわわに実ったみかんのオレンジ色が山肌に点々と浮かぶ。このあたりは有田みかんの産地なのだろうか。こんな急峻な土地で、昔から人々が畑を拓いてきたことに驚かされる。
そのまま橋本王子跡(マップ⑤)、橋本神社(マップ⑥)と、古(いにしえ)の巡礼者たちの足跡を辿るように進む。川沿いの道を歩いていると、白い軽トラックがいくつも行き交う。収穫の季節なのだろう。山と人との暮らしが、今もこの地で息づいている。境内に立派な土俵が設けられた山路王子神社(マップ⑦)を抜けると、道は再び静かな山道へ。疲労を感じながら峠道を進み、拝ノ峠を越えた、その瞬間――――。



4.言葉を失った、和歌山湾の絶景
目の前に、この日一番の光景が広がっていた(マップ⑧)。 西側に視線を転じれば、幾重にも連なるみかん畑の鮮やかな緑の向こうに、和歌山湾が静かに、そして雄大に横たわっていた。
鳥の鳴き声を聞きながら、峠に立ち尽くしてその風景を見つめる。その時は、別に何も感じないが、こうしてブログを書きながら振り返ってみると、もしかしたらあの瞬間は、人生の癒しの時間なのかもしれない、ともふと思う。

あの景色がくれた感動を胸に、あとはゴールを目指してゆるやかな下りを進む。蕪坂王子跡(マップ⑨)、山口王子社跡(マップ⑩)を通り抜ければ、再び集落の風景が戻ってきた。みかん畑や民家の間を抜けて30分ほど歩けば、有田川のほとりにたたずむJR紀伊宮前駅(マップ⑪)に到着。移動距離14キロ、4時間半のトレッキングのゴールとなり、静かな熊野古道の一日となった。




今回のトレッキングでは、不思議なことに他のハイカーと一度も出会わなかった。そのおかげで、山の呼吸や風の音を心ゆくまで味わうことができた。穏やかな気候の中、初秋の空気を胸いっぱいに吸い込みながら歩く時間は、まるで日常の外に出たような感覚をもたらしてくれた。

そして、拝ノ峠から見た和歌山湾の光景は、今も鮮やかに心に残っている。本ブログでは、これまで何度か海を見ながらのトレッキングを紹介しているが、個人的には「山&海」というシチュエーションがすごく気に入っている。
和歌山には、このように海と山が近くに寄り添うトレッキングコースが数多く点在している。次はもう少し南へ──熊野の深奥へと、また歩を進めてみたいと思う。
