企業法務担当者のビジネスキャリア術

東証一部上場企業に勤務する企業法務担当者がライフログの一環として日々の出来事を記録しています。

【社会・経済】正月に見かけたとある光景/現代教育論に対する自分なりの一考察です

1.塾>学校
少し以前の話になるが、1月3日に地元の駅ビル付近に出かけたときの事。そのビルには学習塾やオフィスがいくつか入居しているのだが、そこで珍しい光景を見かけた。というのは、そのビルに小学生の一団が続々と吸い込まれていくのだ。中には親の運転する車で連れて来られる子供もいる。一体何事と思って、そのビルを覗いてみると、子供達が向かう先は2Fに入居している塾のようである。ハチマキを締めた講師らしき人物があいさつしている。どうやら正月早々に冬季講習でも行っているようだ。 帰宅してから妻にこの出来事を話したのだが、もはやいまどきの小学生は塾に通うことが当たり前で、行っていない子の方が少数派らしい。

2.偏差値と仕事力の関係
かくいう私自身といえば、塾や予備校というものに全くお世話にならなかった。ただ、大学受験を意識した高校2年ぐらいからは、旺文社のラジオ講座(ラ講)や予備校が発刊している市販の参考書を利用して、自分なりの勉強計画を立案して、自宅でコツコツと勉強していた。(当時のラ講の講座を担当していた出口注氏や樋口裕一氏が現在も現役で、ビジネス書まで出版しているのをみると、なにやらうれしくなるが)

それでもそれなりの成績を維持することができ、そこそこのランクの大学に現役合格することができたので、自分のやり方としては間違っていなかったと思っている。 それだけに今どきの小学生が正月早々から塾に通いつめているという事実に大変驚いている。私が小学生の頃は、塾に通っていた子は、クラスのせいぜい1~2割程度と記憶しているが、現在の状況がそうであるのは、いわゆる「ゆとり教育」が起因しているのかもしれない。

というのも知人に聞くところによると、私が子供の頃に比べて、授業内容の低レベル化、学級崩壊など様々な弊害が発生しているらしい。と言っても、塾に行けば、当人の将来が絶対に安心かというとそれはまた別の次元の話。 というのも、現代の受験勉強というものは、少なからず一種の暗記ゲームという側面があり、課題の意義や目的などを深く考えることなく、効率良くインプットを行い、本番試験時にアウトプットを行うことが求められる。そのスキルにいくら習熟したからといって、「人間力」そのものも同時に向上するわけではない。

しかし、研究職などの一部の例外を除いて、偏差値の高さが仕事力に直結するわけではないことは、大部分のビジネスパーソンならばすでにお気づきのことであろう。つまり、「ビジネスパーソンの仕事力」と「学生時代の偏差値」とは決して比例するものではない。私の場合、周囲を見渡しても、出世コースに乗っている人が必ずしも偏差値の高い大学の出身というわけでもなく、その逆もしかりだ。一人の職業人としての能力の高さは、もっと別のもの、例えば、行動力・コミュニケーション能力などの「人間力」そのものの高さに左右されるような気がする。


そういえば、2006年あたりから経済産業省は、新人社会人には「主体性」「実行力」「計画力」「創造力」などの基礎能力が求められる、と公表している。逆にいうと、国家機関がこれまで新人社会人に求めら能力の定義化を行っていなかった裏返しであろう。もちろん、これらのスキルが受験勉強では養われないことは自明の理である。

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3.まとめ
だからこそ、現代の教育機関はこれからの日本を背負っていく自立型人材を社会に輩出する責任を負っていると思うのだが・・・。例えば、学校教育の中に、キャリア教育を取り入れていくことはできないものだろうか。例えば、世の中にはどのような職業があって、その特徴や収入などを教える授業があっても良いと思う。そのような「生の知識」の方が子供達によっぽどプラスになると思う。

もっとも、子供の教育を全て学校任せにするのおかしな事で、親である私もこれを担う必要があるのだろう。具体的にはどうするべきかは思いつかないが、自分が子供の頃を思い返しながら、わが子と向き合う必要があると考えている。