企業法務担当者のビジネスキャリア術

東証一部上場企業に勤務する企業法務担当者がライフログの一環として日々の出来事を記録しています。

【転職】転職時の心得 その4/あえて「転職をしない」ことがベストの選択な場合もありうる。

1.私の知人の例より 本記事では、私の知人の例を挙げてみたい。その人を仮にA氏(50代半ば)としてみよう。A氏は某事業会社(新興市場上場)において取締役として勤務していた。その会社は決して大きな業界ではないものの、同社は業界におけるリーディングカンパニーに近い位置づけで大多数の人がその社名を耳にしたことがあるといわれる会社であった。聞くところによると、その方は、大学在学中から司法試験の勉強を行い、卒業後は法律事務所で事務員をしながらコツコツと勉強をしていた。そして、司法試験の道を諦め、縁があって同社に入社し、ここまで出世したという苦労人である。 このA氏、理由は私にも定かではないのだが、50代半ばという年齢にありながら、全く別異業種の企業の社長を務める知人より、かなりの高待遇(年収1000万円超?)でのヘッドハンティングを受け、その会社に「専門部長」という肩書で転職してしまった。私はご本人の転職理由は詳しくお聞きできなかったが、リストラにあった等ではなく、現在の会社に何らかの不満があったのではないかと推測している。 しかし、A氏は、複数の部下を任されてバリバリに仕事を行うという重要ポストではなく、その肩書のとおり、いくぶん「遊軍」的なポジションで迎えられた。従って、A氏も入社直後はいくぶん肩身が狭かったような印象を受けた印象がある。ただ、社長と顔見知りという事がやはりご本人にとって加点といえるかもしれない。ただし、ご本人の名誉のために申し上げると、そのような事情をかさに威張りたてるわけでもなく、いたって謙虚かつユーモアのある方で私は非常に好感をもっていた。 その後、10ケ月が経過して、社長は業績不振を理由に辞任することになった。そして、社長の顔見知りという経緯で入社したA氏はその高すぎる給与のわりのパフォーマンスの低さ(異業種からの転職なので、仕方ないのだが)から「専門部長」という肩書を奪われ、やがて閑職に追いやられることになってしまったのだ。そして、ついにA氏は会社を辞めてしまった。 その直後に、アメリカにおいてリーマンショックが起こり、日本は未曽有の大不況に見舞われることになったことは読者の皆さんもご存じのとおり。あまりにも厳しすぎる転職環境の中、50代半ばのA氏はなかなか良い仕事にありつけず、さらに1年ほど無職のまま時を過ごし、ようやく病院の事務局長というポストを手に入れることができたという。 2.ここが転職の怖いところ A氏の最大のミスは、異業種の転職先で今までのキャリアを発揮できるか否かについて確証を得ることなく転職に踏み切ってしまったことだと、私は考えている。しかも、人材紹介会社→人事部門という通常ルートではなく、社長のヘッドハンティングというイレギュラーな方法で入社したため、その社長が失脚してしまっては、もはやA氏には後ろ盾も居場所はなかった。 結果として、A氏は、役員の座をなげうってまでチャレンジした乾坤一擲の転職に失敗することになってしまった。確かに高い報酬も魅力的に映ったのだろうが、それが転職先における自分のパフォーマンスの正当な対価たりえるか検証すべきだったと思う。しかし、唯一の救いは、なんとか病院の事務局長というポジションを手に入れることができたことだ。おそらくA氏もこれに懲りて定年まで現職にとどまることだろう。 3.まとめ 皆さんはこの事例から何を感じただろうか?「隣の芝生は青く見える」ということわざがあるように、「転職」という言葉には、何やら現在の環境を好転させてくれるような誘惑が秘められているが、最終的には、厳しい現実が待っているのもまた事実である。個人的には、すでにキャリアの終着点が見えており、退職後の人生設計を真剣に考えなければならないという50代半ばの時期において、転職を行うのは、やはり危険過ぎるように思える。 このように、転職とは、リスクを伴う行為である。しかし、リスクをとらなければ、人生において成功できないのもまた事実・・。ただ一つ断言できるのは、ある程度の年齢(30代後半〜40代以降)に達した以降の転職はよくよく慎重に検討した方がいいという事である。 「人気ブログランキング」参加中です!1クリックお願いします! にほんブログ村 サラリーマン日記ブログ 戦うサラリーマンへ
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