企業法務担当者のビジネスキャリア術

氷河期世代の企業法務担当者がライフログとして日々の出来事を記録しています。2009年に開始したブログは16年目を迎えました。

【企業法務】任天堂がポケットペアに特許権侵害訴訟を提訴!/特許権侵害訴訟(原告)を経験した管理人が今後の展開について予想してみた

1.遂に任天堂が動く・・・!?

任天堂は、9月19日にIRでポケットペアに対して特許侵害訴訟を提訴した旨を公表した。世間では「遂に最強の任天堂 法務部が動いたか!?」と大きな話題になっている。
 

www.nintendo.co.jp

 
もっとも、本件は特許権侵害訴訟であり、主体的に動いているのは、法務部ではなく知的財産部だろう。おそらく知的財産部は、早い段階で弁護士・弁理士とチームを結成して本件の準備を入念に進めていたはず。法務部はあくまでサポート的な立場ではないか。
 

www.nintendo.co.jp

 
世間では、法務部と知的財産部を混同している人は多いが、両者の仕事は全くの別物と言っていい。かくいう私自身も前職に法務審査部門と知的財産部門の双方に籍を置いていたので、両者の仕事の違いは身をもって理解している。

2.今回使用された特許権は・・・・?

ちなみに、任天堂のIRには実際に提訴に使用した特許権について具体的に触れていないが、巷では特許権第7545191号ではないかと噂されている。
 

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7545191/15/ja

 
J-PlatPatで確認すると、特許権第7545191号の特許請求の範囲(クレーム)の1項は以下のとおり。
 
【請求項1】
  コンピュータに、
    操作ボタンを押下する操作入力に基づいて、仮想空間内のフィールド上に配置されたフィールドキャラクタを捕獲するための捕獲アイテムが複数種類含まれる第1のカテゴリ群が選択されている場合に、前記捕獲アイテムを放つために構える動作を、戦闘を行う戦闘キャラクタが複数種類含まれる第2のカテゴリ群が選択されている場合に、前記戦闘キャラクタを放つために構える動作を、前記仮想空間内のプレイヤキャラクタに行わせ、
    方向入力に基づいて、前記仮想空間内における照準方向を決定させ、
    前記操作ボタンとは異なる操作ボタンによる操作入力に基づいて、前記第1のカテゴリ群が選択されている場合に当該第1のカテゴリ群に含まれる前記捕獲アイテムを、前記第2のカテゴリ群が選択されている場合に当該第2のカテゴリ群に含まれる前記戦闘キャラクタをさらに選択させ、
    前記構える動作を前記プレイヤキャラクタに行わせる際に押下している前記操作ボタンを離す操作入力に基づいて、前記捕獲アイテムが選択されている場合に、選択された前記捕獲アイテムを前記照準方向に向けて放つ動作を、前記戦闘キャラクタが選択されている場合に、選択された前記戦闘キャラクタを前記照準方向に向けて放つ動作を、前記プレイヤキャラクタに行わせ、
    前記捕獲アイテムが放たれて前記フィールドキャラクタに命中した場合、前記捕獲が成功するか否かに関する捕獲成功判定を行わせ、
    前記捕獲成功判定が肯定判定された場合に、前記捕獲アイテムが命中した前記フィールドキャラクタをプレイヤが所有する状態に設定させ、
    前記戦闘キャラクタが前記フィールドキャラクタと戦闘可能な場所に放たれた場合に、当該戦闘キャラクタと当該フィールドキャラクタとの前記フィールド上における戦闘を開始させる、ゲームプログラム。
 
ポケモンボールをモンスターに投げて捕獲する操作に関する特許権のようだが、素人が特許公報を読んでも「なんのこっちゃ!?」と混乱するはず。だが、一般的に特許公報とはこういうもので、特許権のキモは権利範囲が明文化されたクレームとなる。このクレームの文章は短ければ短いほど、そして抽象的であればあるほどその特許権の権利範囲は広い。従って、このクレームをいかに広く権利化するかが弁理士の腕の見せ所と言っていい。本特許権のクレーム1を読む限りは、実は権利範囲はそれほど広いわけではなさそう。
 
ちなみに、任天堂は今年に入って関連特許を分割出願(特許公報の本文に記載された範囲で微妙に異なるクレームを増殖させる特許法上のテクニック)しまくっているし、どうも1月にパルワールドが発売された直後からこれを仮想敵とみなして虎視眈々と周到な準備をしていた様子がうかがえる・・・。つまり逃げ道をふせぐ包囲網を敷いて集中砲火する手はずを整えていたのだろう。そして、万全の体制が整ったので、遂にポケットペアを提訴するに至ったというわけ。
 

※実際の特許権侵害訴訟では「異議あり!」「くらえ!」という言葉は飛び交いません。
 

3.特許権侵害訴訟経験者より今後の予想

ちなみに、私は前職企業の知的財産部門に所属していた当時に特許権侵害訴訟(原告側)を担当したことがあるので、今回の訴訟の今後の流れもおおむね予想がつく。
 
まず、第一審の前半戦として侵害論(被告が原告特許権を侵害するか否かを審理)を進める。ここで原告は裁判所に被告製品が特許権のクレームを充足する旨を立証しなければならない。被告はそれに反論しつつ、特許庁に対して特許権無効審判請求(特許権の全部または一部の無効を請求する手続きで、特許権侵害訴訟の被告側の防御策として王道)を行う。それらをふまえて、裁判所は、侵害論の最後で全ての証拠を吟味した上で、特許権侵害の有無について見解を示す。侵害が認定された場合、訴訟は後半戦として損害論に移って、原告の損害賠償金額を審理する(侵害が認定されなければこの時点で原告の負け)。そして、最終的に第一審判決が言い渡される。それに対して被告が控訴しなければ判決は確定。もし、控訴した場合、控訴審で同じ審理(侵害論&損害論)を再び繰り返すことになる。なお、日本の裁判は三審制だが、特許侵害訴訟で最高裁まで到達することはまれで、ほぼ第一審と第二審の2回勝負と思っていい。
 

※いらすとやを使って特許侵害訴訟の流れについて図解してみた。
 
 
もっとも、特許権侵害訴訟は、裁判の途中で和解になることが多い(裁判官が要所要所で和解を勧めてくる)。その場合、原告および被告は、「特許権侵害訴訟は和解により終結しました。ただし、その内容については秘密保持義務があるので開示できません」というIRを公表することが大半。
 

※実質的に敗北した方のメンツを考えて和解内容はあえて開示しないことが多い(いわゆる武士の情け?)。
 
 
経験者である私から言わせると、特許権侵害訴訟は多大な時間と労力を要するのが最大の難点。私も前職時の特許権侵害訴訟を担当した際には証拠文献を探すために同僚と奈良県の国立国会図書館に足を運んだり、損害論において提出する陳述書を私が作成したりとおそろしく大変だった。もっとも現在、別企業で法務コンプライアンス部門のマネジャーを務める私にとっては貴重な経験となり、企業法務担当者としてかなり実力がついたと実感している。
 
そういえば、昨年5月にコナミが「ウマ娘」を開発したサイゲームスを特許権侵害訴訟で提訴しているが、その後の続報が全く聞こえてこない。あれから1年半近く経過しているし、そろそろ侵害論の終盤ではないかと予想しているが・・・。このように、とにかく裁判とは時間がかかるもの。
 

toyokeizai.net

 

4.提訴されたポケットペアの対応は・・?

原告の任天堂は入念の準備を費やして今回の提訴に至ったが、被告のポケットペアは想定外だったかもしれない。ちなみに、同社のHPを確認しても社員数は明らかにされていないので、日本年金機構のサイトで社会保険加入者数を調べたところ、正社員は70人程度だし、おそらく法務・知財部門は存在しないだろう。
 
 
 
とすると、今頃は慌てて知財係争に詳しい弁護士・弁理士に相談して対応策を練っているはず。そこで、特許庁のデータベース<J-PlatPat>で調べたところ、ポケットペアは特許権を出願・保有はしていないが、商標権はいくつか保有している。そして商標権の出願代理人はTMI総合法律事務所に所属する弁理士が行っているようだ。そうならば、今回の任天堂の提訴に対して被告側の代理人に同事務所の弁護士が務める可能性が高い(弁理士だけでは特許侵害訴訟は担当できず、弁護士が必須となる)。その戦略方針としては、なんとかパルワールドのサービス継続を認めてもらうために、和解に持ち込みたいところだろう。
 

 

5.まとめ

任天堂による特許侵害訴訟の提訴は今年一番のビッグニュースだが、振り返ってみると、他にも独占禁止法違反(日清食品)・下請法違反(日産)・パワハラ問題(兵庫県知事)などが連発しており、企業法務担当者である私にとってブログのネタに事欠かない豊作の年(?)となってしまった。さて、今年も残り3ケ月ほどだが、さらなる企業法務関連の事件が発生しないか気になるところ・・・。